昭和62年に大阪大学医学部を卒業後、母校の脳神経外科医局(最上平太郎教授・当時)に入局し、その関連施設である大阪厚生年金病院(尾藤昭二 副院長兼脳神経外科部長・当時)で
1年半、続いて大阪大学医学部附属病院で半年
間の臨床研修を受ける。さらに、大阪門真市の摂南総合病院にて森信太郎 副院長・当時 (現・阪和記念病院院長)
のもとで勤務した。
4年間の脳神経外科臨床実地訓練を経た後、大阪大学大学院博士課程に
入学し、脳腫瘍の研究(大阪大学医学部脳神経外科 早川徹教授・当時 [現・関西労災病院名誉院長・特別顧問]、有田憲生先生[現・兵庫医科大学脳神経外科教授]、大西丘倫先生[現・愛媛大学医学部脳神経外科教授]に師事)や神経系発生に関連する遺伝子の研究(大阪大学医学部遺伝医学講座・遺伝子学教室、辻本賀英教授に師事)に従事して、医学博士号を
授与される。
また、この間に日本脳神経外科学会専門医試験に合格し、脳神経外科専門医に認定される。
大学院での基礎医学研究を終了した後、平成6年9月より大阪大学医学部附属病院病棟勤務にもどり、脳神経外科の病棟チーフを勤めた。
平成7年6月より西宮市の笹生病院(笹生幹夫院長)、さらに同年11月より開業直前の平成15年3月まで7年半にわたり市立伊丹病院にて池田宏也 副院長・当時[現・竹綱脳神経外科クリニック院長]と藤本康裕 脳神経外科部長・当時[現・守口敬任会病院副院長]のもとで、脳神経外科医長として勤務した。
平成15年5月阪神西宮駅に「樋口脳神経クリニック」を開院、現在に至る。
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